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平成25年度 日中比較文学研究部会活動報告

劉 淙淙

 私たちの研究部会は、解るまで勉強すること、理解するまで議論することを実践します。今年度、日中比較文学研究部会は、毎週火曜日の五限目に半田美永先生の熱心なご指導のもとで、今年は大学院生を中心に活動を行いました。また中国河南師範大学、河南大学からの学部編入生を加えて、今年も研究テーマを深めました。

 春学期は、河南師範大学からの客員研究員・李卉先生が中心となり、『荀子・勧学篇』を対象に、全10巻を毎回順に輪読を行い、解釈を継続しました。そこでは、「学ぶ」ことの意義について、荀子に書かれた内容を吟味し、各自の意見を交換しました。荀子は中国で重んじられている書物で、知識人の必読書です。君子の学問を求める誠実な例えが巧妙に論じられており、参加者は深い感銘を受けました。

 秋学期は唐詩を対象に、まず博士前期課程の史淑明さんが、『唐詩』の中に現れる蝉の潔白さについて発表し、同じ博士前期課程上代日本文学専攻の管浩然さんは『唐詩』の音律説について考察・探究しました。また、博士後期課程の私は、井上靖の著作「孔子」について「隠者の人物像―長沮と桀溺、接輿、荷筱丈人を巡って―」と題して、出典『論語・微子篇』の中に隠者の話が取り上げられる理由、さらに小説「孔子」におけるそれぞれの隠者の人物像を考察し、創作意図が「仁」をアピールしているという点を分析しました。つまり、作家井上靖の孔子観の基幹が作品に投影している点を明らかにしました。

 また、半田美永先生は『荘子・逍遥遊篇』を対象に、最後まで輪読を継続しました。作中の鯤や鵬の寓話を例えに、興味深く参加者に問いかけ、とても勉強になりました。荘子は、絶対自由の生活をもつ人間を、究極的な人間という意味で「至人」とよび、また人間を超越した人間という意味で「神人」ともよんでいます。『逍遥遊篇』は、この至人または神人のとらわれなき生活、自由無碍の境地を、荘子独特の奇想天外な比喩と機知縦横な筆によって描いたものです。老子の「無」「無為自然」の哲学と荘子の「超俗自由主義」とが見事にマッチし、大変興味深いところです。さらに仏教とも結びついて、悩める東洋思想の理想の哲学となったのです。また半田先生は12月27日(金)、招かれて北京大学で講演「日本文学と中国古典」と題して話しました。その中で、漢詩の一節や、日本近代詩に触れ、東洋古典に流れる叙情について解説しました。二年前の「森鷗外の東洋と西洋」に続く、二回目の講演になりなりました、12月29日(日)には河南師範大学で「文学に観る西方浄土への憧れ」「伊勢神宮―遷宮と宇治橋」と題して講演、日本人と中国人の心の繋がりを指摘し、大きな感銘を与えました。

 わが研究部会の特徴は、バラエティーの豊かさにあります。日中比較文学研究部会の主旨は双方の文化の特質・本質に触れ、比較文学の視点から多文化に正しい理解と友好の心情を育んでいただきたいという強い目的があります。学ぶことは無限にあり、私たちの知識が如何に乏しいか。そのことに気づく機会の連続です。謙虚に学ぶ姿勢は、私たちを、より多角的な知的好奇心へと導いてくれます。参加する学生は異国の言語及び社会背景を認識し、両国の文化と風土や民情に深く、正しい識別ができるようになると思います。比較研究は私たちの視野を拡大し、言語及び社会そのものに対する認識を深めさせることになると思います。また、会員は、積極的に学内外の学会や研究会に参加し、研鑽に務めるよう努力しています。

 荘子に「井蛙」の喩えが説かれています。大海を知り、山河の雄大を知ることこそ、この世に生まれた幸せを実感することになるでしょう。そして、悠然と佇む冬の木立のように、潔く、胸を張って生きる人間になりたいと思います。冬の木立は、やがて訪れる春の陽気を知っているかのように見えます。

(博士後期課程一年)

 
 
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