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平成25年度 上代文学研究部会活動報告

岩上奈々

 上代文学研究部会は、木曜日の五講時目、大島先生の研究室で活動しています。現在のメンバーは、一年生一名、三年生二名の計三名です。

 今年度の活動では、主に万葉集の巻一、十三、巻十七の歌を研究しました。巻一は「雑歌」で、天皇に関わる公的な歌が多く含まれています。巻十三は作者不明の長歌が多く集められ、巻十七は大伴家持歌日記(〜巻二十)といわれるように、家持関係の歌が多く集められています。
 研究部会で取り上げた歌の中で印象深かったものの一つに、「三輪山惜別歌」があります。

額田王、近江国に下る時に作る歌、井戸王の即ち和(こた)ふる歌

味(うま)酒(さけ) 三輪の山 あをによし 奈良の山の 

山の際(ま)に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに 

つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見(み)放(さ)

けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや

(1・一七)

反歌

三輪山を 然(しか)も隠すか 雲だにも 心あらなも 
隠さふべしや

(一八)

右の二首の歌は、山上憶良大夫の類聚歌林に曰く、「都を近江国に遷す時に、三輪山を御覧(みそこはな)す御歌なり」といふ。日本書紀に曰く、「六年丙寅の春三月、辛酉の朔の己卯に、都を近江に遷す」といふ。

綜(へ)麻(そ)かたの 林の前(さき)の さ野(の)榛(はり)の 
衣(きぬ)に付くなす 目に付く我が背

(一九)

 右の一首の歌は、今案(かむが)ふるに、和ふる歌に似ず。ただし、旧本にこの次に載せたり。故以(このゆゑ)に猶し載せたり。

 上掲の歌は、一八番左注から、天智天皇六年三月の近江京遷都時の歌であることが分かります。

 額田王の長歌は、道の曲り角が幾重にも重なるまで、存分に三輪山を見続けて行きたいのに、無情にも雲が隠してもよいものか、という気持ちを詠ったものです。見えなくなるまで見続けようとする様子や、三輪山に対する額田王の思い入れ、情の深さが伝わってくる歌だと思いました。ただ、一八番左注に引く『類聚歌林』では天智天皇(中大兄皇子)の御歌と記していて、額田王が天智天皇の意を体して作った歌だと考えられています。

 井戸王の歌の「綜麻かた」は三輪山の異名で、三輪山伝説とも関係があるようです。これに関連して読んだ佐竹昭広氏の論文「蛇聟入の源流―『綜麻形』解読に関して―」(『国語国文』第二十三巻第九号、昭和二十九年九月、後『佐竹昭広集』第三巻〈平成二十一年十月、岩波書店〉所収)は興味深いものでした。

 井戸王の解釈は難解で、左注にも「和ふる歌に似ず」と疑問が述べられています。新編全集には「井戸王が額田王の立場で、遷都の大移動を指揮している天智天皇の人目を引く風姿を讃美して詠んだものか」と記されています。今後も「三輪山惜別歌」について調べていきたいと思います。

 万葉集は注釈書も豊富であり、注釈書によって解釈や歌に対する評価、意見が違っています。一つの歌から色々な解釈ができるので、そこがまた面白いところの一つだと思います。疑問・質問はその場で大島先生に伺えるので、理解をより深めることができます。

 万葉集には様々なことを歌った興味深い歌が、全部で四五三六首載っています。古代の人々の感受性を知ることで、現代の今を生きる私たちとは異なった感覚に気づかされ、心が磨かれるような感覚を覚えます。また、現代の私たちにも通じるものを感じることもあり、歌を通して古代の人々との繋がりを感じることが出来ます。

 万葉集について触れましたが、上代文学研究部会では、古事記についても学ぶことができます。上代文学に興味がある方は、ぜひ一度大島先生の研究室を訪ねてみてください。

(三年)

 
 
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